ヌ カ サ ン マ 2
ヌカサンマ掲載から二週間程経った頃、いつもの時間に、ちえちゃんは現れた。
その顔を一目見て私は、「ははあ、今日は何かあるな」と悟った。例の得意げな
顔である。
ちえ 「ねえ マスター、」
ほら、おいでなすった。
ちえ 「ヌカサンマじゃないけど、ヌカイワシが届いたのよ。」
なになに、ヌカイワシ? ちえちゃんは抱えていた買い物袋の中をごそごそと
かきまわしていたが、やおらビニールパックされたものを二つつかみ出すと、
元気よく「ハイ!」と差し出した。
パックのラベルを見ると、なるほど「いわしの糠漬」となっている。
マスター 「いったい何処から届いたの?」
聞くと、秋田に嫁に行ったちえちゃんの親友に例のヌカサンマの話をしたらしい。
するとその親友は、ヌカサンマは聞いたことがないが、ヌカイワシなら聞いたことが
あるという。そこでちえちゃんは何とか捜してくれないかと頼んだわけだ。
親友は律儀にも、ヌカイワシの捜索を開始した。すると間もなく、しかも知り合い
の店に商品としてあることがわかったのである。
かくて、ヌカイワシはその親友の里帰りのみやげとして、ちえちゃんのもとにやって
来たというわけだ。
マスター 「なるほどねえ、こんなに早く実物にお目にかかれるとはねえ。」
ちえちゃんに促されて、さっそく試食会となった。
イワシは頭はないものの、わたはそのままで、かるく糠をまとったままになっている。
この糠はあまりきれいに落とさずに焼くほうが良いと説明してある。手でしごくように
余分な糠を落として、そのまま網にのせる、やがて糠のこげる何とも言えぬうまそうな
香りがたちこめる。一同の期待が高まってくる。糠にほどよいこげめができたところで
皿にのせ一同の面前に。一番箸はもちろんちえちゃん。
ちえ 「うわーしょっぱい、でもおいしいわ」
たしかにしょっぱい、しかしふるづけのような酸味とイワシのうまみがなんともいえない。
酒なら三合、ご飯なら二膳、これが糠イワシ一匹の相方というところか。
客の中に残り物の骨で骨酒をやる者が現れた。これなら都合四杯いける。
ヌカサンマの話が出て、間もない今、ちえちゃんはじめ、居合わせた一同が不思議な
感動につつまれていた。
こうなったら、とことん「魚の糠漬」を調べてみたい、そんな思いに駆られる。
きっと日本の食文化の一端が見えてくるに違いない。